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『大久保利通日記』に見る大久保のキャラクターとは?

日記などの個人的な文章は、その人の人となりを知る手がかりになると言われます。

 

今回は、明治初期の政権中枢に位置した大久保利通の日記から、彼のキャラクターに迫りたいと思います~(以下、〔 〕内は私が行った注釈です。また適宜旧字体新字体に改めたり、句読点を挿入しています)。

 

 

明治維新を知るための一級史料、『大久保利通日記』

大久保利通と言えば、木戸孝允西郷隆盛と並び「明治の三傑」と称され、富国強兵、殖産興業など明治日本の産業近代化の基盤を築いた人物として有名です。

 

彼は安政6(1859)年から明治10(1877)年までの期間、ほぼ毎日日記を記しています。原本の大半は火災により焼失してしまいましたが、各地に残された写本を対照し、ほぼ完全に復元したものが『大久保利通日記』として刊行されました。

 

大久保はこの日記で政策立案過程などの動向を記しているため、『大久保日記』は明治期の政治情勢を知る基本史料として様々な場所で活用されています。

 

大久保自身、この日記が後世歴史家によって用いられることを自覚していた節があり、勢い事実関係の記述に力点が置かれることとなります。その辺り、割と個人的なことも色々と書いてしまう『木戸日記』と好対照をなしているかもしれません。

 

謹厳実直、無味乾燥?

さてこの大久保、周辺からは「峻厳」とか「厳格」とかそういった評価をされる人でした。例えば内務省時代の部下だった速水堅曹が

 

平生は非常に沈黙な人で、用事は一言で弁ずる方でした。〔中略〕一度ビシリと叱られたことがあった〔中略〕士族授産はつまらぬと言ったら、大久保公は私をギロリと睨んで「すでに勅が出た」とただ一言言われた。ビシリと頭に応えて、私は黙って還ったが、イヤもう恐ろしい威厳で、私は生涯あんな恐いことはなかった。

(「公の怒気と愉色」(佐々木克監修『大久保利通』所収)

 

と回想しているように、周囲からは恐ろしいほどに威厳がある人物と見なされていました。 

大久保利通 (講談社学術文庫)

大久保利通 (講談社学術文庫)

 

(上記のエピソードはこの本から引用しました。ほかにも様々な人が大久保について証言しており、読むと中々面白いと思います!)

 

そんな大久保のキャラクターは、日記の記述からも窺うことができます。

 

例えば、手元の史料をパラっとめくって明治4(1871)年7月17日の記述を見てみると、

 

七字〔ママ〕参 朝二字〔ママ〕退出黒田氏入来今夜小西郷子入来 

 

と、これだけ。業務日誌か何かのように淡白です。

 

これはたまたまこの日だけがそうだったわけでなく、記述の長短こそあれ、大久保の日記は事実関係に関する記述が中心で、主観的な感想はあまり見られない点に特徴があります。

 

そのため事実関係の確認には非常に便利なわけですが、脱線を期待する身としては少々つまらない所もなきにしもあらずな感じです。

 

だからこそ目立つ感情のこもった記述

しかし大久保だって人間ですし、まるで感情がなかったわけではありません。

 

恐らく日記をしたためる際は意図的に感情的な記述を排したものと思われますが、それでも、どうしたって個人的な意見を書きたい時もあったでしょう。

 

そのため大久保にとって大きな出来事があったりすると、時おり個人的な見解などが記されることもあったりします。

 

そのような記述は割と珍しいため、読み手としてもそのような記述に出くわすと「おお、気持ちが入ってるな」と、思わず姿勢を正したくなる気分になってしまいます。

 

例えば先ほどと同じ明治4年、大久保は7月12日の記述内で

 

篤〔とく〕と熟考今日ノママニシテ瓦解せんよりハ、寧〔むし〕ロ大英断ニ出て瓦解いたしたらん 

 

と、現代語訳するなら「考えあぐねて何もしないまま瓦解するくらいなら、むしろ思い切った行動に出た上で瓦解させよう」という風に、一種悲壮な覚悟を日記内に記しています。

 

これは何の瓦解に言及しているかというと、明治政府そのものです。

 

当時政府は、廃藩置県の実施をめぐって紛糾していました。廃藩置県は明治政府が中央集権化するためには不可欠の改革ですが、藩をなくすことに対して強い反発が生じることが懸念されていました。

 

そのような中、大久保はこのまま何もせずに政府が瓦解する位なら、思い切ったことをやって瓦解した方がマシだとばかりに、廃藩置県を断行すべしという立場をとります。この日記とあわせて大久保の行動を見ていくと、大久保の強い覚悟や必死さが伝わってくるようです(ちなみに実際に廃藩置県を行ってみると、予想以上に反発が少なかったようですが)。

 

ヤンキーが捨て猫を拾うといい人的な

世の中には「ギャップ萌え」という言葉がありますが、暴論かもですが大久保はこの「ギャップ萌え」の要素がとても多い人物と私は思っています。

 

大久保は普段から「冷たい」とか「畏怖を感じる」なんて言われる人なわけですが、そのような人が何か人間らしい(失礼かもですが)感情を示していると、何というかより親しみを感じてしまいますね。

 

実際、大久保関係の史料を読むと私はそのギャップにほっこりすることがしばしばなのですが、そのようなエピソードもおいおい紹介できたらと思います~